2006年06月05日

それどころじゃ・・・。

こんばんわ。まりもです。

何だか、私の生い立ちとか借金が出来るまでとか、
昔の話を思い出して書いてきましたが、
それどころでは、なくなって来ました・・・。

本当は、このブログを始めるにあたって、
過去から順番に紐解いていって、現在の状況をお伝えし、
借金完済までの道のりを
お話していきたいなぁと思っていたんですけどね。
まさに、借金地獄真っ只中なので、毎日が地獄です・・・。

というわけで、過去のお話は、おいおいお話することにして、
これからは、現状をリアルにお伝えしていきますので、
よろしくお願いしま〜す!

posted by 梅田 まりも at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 借金が出来るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

第一回緊急家族会議。

実家のヤバイ現状を知った私は、
あわてて、実家に帰省。


お嬢様母「ごめんねぇ。なんか、大変なことになっちゃてて・・・(涙)。」

婿養子父「お金のことは、お母さんに任せっきりだったから、一応、社長なのに、ごめんなぁ。」

お嬢様母「お母さんが、全部いけないのよぉぉぉ(号泣)。」


とにかく、現状を把握したかった私は、ひとり冷静な叔母に聞く。


未婚の叔母「誰のせいとかって問題じゃなくて、これから、どうやって返済していくかでしょ。」


そんな叔母は、ウチの会社の高給取りだったんだけど、
ここ2年、給料を一銭ももらってないと言う・・・。

この時、弟はまだ何も知らない。
母いわく、心配かけて、受験に響いたら困るって。

お〜い!そんな場合じゃないっしょ!!
受験に受かっても、大学費用、払えないでしょ〜がっ!
それより、受験費用、予備校代が、払えないでしょ〜がっっ!!

私は、とにかく、大学は辞めると言った。
そして、今すぐにでも働くと。しかし、


お嬢様母「それはダメよ。せっかく、あと1年なんだから、卒業はして。」

婿養子父「そうだよ。会社の仕事はあるんだ。倒産したわけじゃないし。何とかなるよ。お父さん、がんばるから!」


この時、ぜんぜん単位取ってなくて、留年するかも、とは言えなかった。

そして、父の言うように、何とか、もならなかった・・・。

結局、両親は友人・知人からお金を借りて、私は、急にバイトを始め、
ついでに作っておいた、学生用のクレジットカード会社3社(信販系)から、
150万円をキャッシングし、大学は無事(?)、卒業しました。

今思えば、この頃、まだまだ甘かったなぁ・・・。
私も、何とかなると思ってたし。
ひとり暮らしで、節約はしたけど、生活レベルは下げてなかったし。

ちなみに、弟には、受験が終わるまで、内緒にしてました。
ほら、もし受かったら、教育ローンが借りられるからね。
しかし、見事に全滅。
ま。良かったといえば、良かったんだけど(苦笑)。
そして、実家の現状を話し、弟は実家へと帰って行きました。

弟も、相当、ショックだったみたいです。
知ってたら、とっくに予備校辞めて、働いてたって。
予備校では、実家がそうとも知らず、
勉強もせずに、友達と遊びほうけてたそうです。
そりゃ、後悔するよね。
そして、弟は、実家の会社を立て直すため、会社に入りました。


私の方は、大学在学中に始めたバイト先にそのまま就職。
レストランのウエイトレス。
ここが、まあ、厳しくて有名なところだったんだけど、
鍛えられて鍛えられて、強くなりました。そして、お給料がいい!
月、手取り30万円。
新卒としては、いいでしょ?OLさんよりもいいでしょ?
そのかわり、休日なし、一日労働15時間が当たり前。
いやぁ〜、つらかったなぁ〜。
そんなこんなで、3年間、この会社で、稼がせてもらいました。
そして、もちろん、給料のほとんどを実家へ仕送り。


それでも、まだまだ甘かったのです・・・。
posted by 梅田 まりも at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 借金が出来るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

きっかけ。

梅田家が借金地獄に陥ったきっかっけ。


それは、バブル崩壊から始まった・・・。



まずは、実家の家業、精密機器の会社の仕事が減る。
時代の流れだけど、大手精密機器の会社の下請けだったので、
それまで受注していた仕事が、中国、インド、ベトナムへ。
つまり、田舎の零細企業は、干され始めたわけですね。
そりゃ、大企業は、労働賃金が安くすむ、海外へ進出するわな。

ま、この時代の流れを、ウチの両親がいち早く察知して、
何か手を打ってれば良かったんだけど・・・。

そのまま、仕事が減っていって、当然、社員の給料が
払えなくなる。そんで、パートのおばちゃん達には、
辞めてもらった。それでも、大変で、銀行からお金を借りる。
それでも、大変で、企業者ローンから借りる。


ってな感じで、借金ができました!

でも、これくらいだったら、まだ回ってたんだよねぇ〜。

会社の売り上げが上がらない一方だから、
銀行やローンの返済が、キツくなってくる。
そこで、ついに、消費者金融に手を出すわけです。

ま、背景では、お嬢様育ちの母が、あいかわらずで、
節約とかするわけでもなく、生活レベルを下げれなかった
っていうのも、今思えば、大きな要因だけどね〜。

この頃、東京でのんきなキャンパスライフを送っていた私は、
そんな実家の様子を知らないでいたのです。
親が、子供にまで見栄っ張りなのか、
心配をかけたくなかったのか、
とにかく、実家のこんな状態を1年くらいは知らなかった・・・。


そんなある日。大学4年生の時かなぁ。
大学の学生課から、呼び出された。
「前期の授業料、まだ、払われてなんだよねぇ。」
え?まじ?ああ、お母さん、忘れてたんだな、と思って、実家にTEL。


母「ごめんね・・・。ウチ、お金ないの・・・。払えないわ・・・。(号泣)」


ええ〜!早く言ってよ〜!
ってわけで、実家の現状を聞かされる。
おいおい、まじで、何も知らなかったし、気づかなかったぞ。
自分ののんきな性格を反省。そして、遊びほうけた大学生活を後悔。
早く言ってくれてたら、ガンガン働いてたのにぃ〜。
子供に心配かけたくない気持ちもわかるけどさぁ〜。
で、その時、すでに


父名義の消費者金融借り入れ:5社500万円也
母名義の消費者金融借り入れ:5社350万円也
叔母名義の消費者金融借り入れ:3社150万円也
会社名義の借り入れ:3銀行2社3000万円也




な感じでした(苦笑)。
この頃、弟は、東京の寮制の予備校に通っていたので、
もちろん、私と同じで何も知らず・・・。

かくして、現実を知った梅田まりも(当時21歳)は、
実家へ、緊急帰省するのでありました・・・。






posted by 梅田 まりも at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 借金が出来るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月02日

生い立ち。

こんばんわ。まりもです。

まずは、何がどうなって借金地獄に落ちることになったのか、
お話したいと思います。まぁ、よくある話なんですが・・・。
では、生い立ちから。

28年前、東京に近い田舎にある梅田家の長女として誕生。
3年後、弟誕生。祖父、祖母、婿養子の父、お嬢様育ちの母、
結婚しないおばちゃん(母の妹)の7人家族で、仲良く幸せな毎日。

家は、祖父が始めた精密機器製造の会社を営む。父が社長。
バブル期には、40人の従業員を抱えた中小企業。
おかげではぶりも良く、家は、9LDKのおっきな家(ま、田舎だからね)。
車は、母→ジャガー、父→ベンツ、他3台所有。
ご用達のデパートは、新宿伊勢丹。週末は、東京でお買い物。
母&おばちゃんは、ブランド三昧。おかげで、子供もブランド三昧。
オシャレな母&おばは、ギャルソンやヨージがお気に入り。
でも、やっぱり、シャネルやエルメス、ヴィトンも好き。
バックはバーキン、靴はフェラガモ。
食器は、ウェッジウッドにリチャード・ジノリ。しまいには、マイセン。
そして、コーヒー豆は、ブルーマウンテン。
母は、潔癖症だから、家事はキッチリこなしていたし、料理も上手だったけど、外食も大好き。しゃぶしゃぶ、お寿司にフレンチ、イタリアン。
もちろん、おやつは、泉屋のクッキー、モロゾフのチーズケーキ、とらやの羊羹、千疋屋のフルーツ。

いやぁ、ふざけてるねぇ〜(苦笑)。
バブルの頃にありがちな、田舎の小金持ち。


こんな環境で育った私は、ほしい物は何でも買ってもらってし、目も肥えちゃって、自然とファッションもブランドも詳しくなっちゃて。
私のおしゃれ歴は、幼児期ファミリア、ラルフローレン、サンローラン(子供服があったんです)、ピンクハウス。なぜか、ヒスミニも着てた。
んで、小4の時にオシャレにうるさくなって、KENZOの子供服にはまり、雑誌のキューティー(当時、田舎では売ってなくて取り寄せてた)を読み始めて、ロリータへ。
MILK時代を経て、ヴィヴィアンへ(ありがち)。
そんなこんなで、大好きなヴィヴィアンも、さくっと買ってもらってた。
さすがに、30万円のコートを買ってもらった時は、
「家、だいじょうぶか?」って思ったケド。

とまぁ、贅沢三昧だったわけですよ。
田舎者くせに嫌な家族(笑)。
でも、自慢する感じでもなくて、平穏無事な毎日。
ただ、子供ながらに、世界平和とか、貧しい国のこととか考えることもあったから、とりあえず、感謝の心とか忘れないようにしてた。
食事にいっても、ぜったい残さないようにしてたし。

そして高校卒業後、大学進学のため、東京で憧れのひとり暮らしスタート。
あたりまえのように、親に家賃を払ってもらって、生活費は仕送り。
もちろん、大学の費用も親持ち(ま、普通ですよね)。
マンションは、女の子だから、オートロックの最上階。日当たり良好。
周りの友達は、みんなバイトしてたけど、私はしてなかった。
家賃とは別に、仕送り20万円。ひとり暮らしには十分。
洋服とか家具は、ちょっちゅう、母が東京に買い物にきてたから、
一緒に買ってもらっててたし・・・。
この頃、お酒もはまってたので、仕送りは飲み代。っつか、ワインとかにはまってたからなぁ。学生だったら、ビールか焼酎飲めやって感じだけど。
週末は、クラブ三昧。いや、平日もクラブ三昧。
勉強は、まったくしてなかった。っつか、学校行ってなかった(苦笑)。

いやぁ、ナメてるよねぇ〜。
当時の彼氏は、学費も家賃も自分で払ってるハングリーな人だったから、
その人から学ぶことあったけど、同じような環境の女の子の友達が多くて、
よくあるおバカなバブリーサークルに入ってたから、遊びまくり。



とまぁ、ありがちなキャンパスライフを送ってたわけですが・・・。
この続きは、また。5日までに、32万円用意しなくてはいけないので、
金策に走ります・・・。


現在の梅田家の借金:約6000万円
現在の私名義の借金:約500万円
  

posted by 梅田 まりも at 02:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 借金が出来るまで | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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