2006年06月26日

追い討ち。

とにかく、働きまくった結果、
風俗をはじめる前は、精神的にツライのかと思ってたけど、
肉体的にツラかった。
風俗は、まさに肉体労働。
深夜1時過ぎに帰宅して、一杯飲んで、バタンキュー。
1日、たいてい10人くらいの男性のお相手をしていたので、
シャワーを1日20回は浴びます。
おかげで、肌はカサカサというか、バサバサ。
でも、バサバサじゃ、お客様の評判が悪くなっちゃうから、
ボディーローションを塗りたくって…。

とにかく、体のメンテナンスが大変でした。
変な体制するから、腰が痛くなるので、
マッサージにもよく行ってました。
下着にも気を使ってたし。でも、洗濯する時間がないので、
イメクラ嬢になって、1年後には、ブラ&パンティーのセットは、
50着以上、ルーズソックス(←古い?)も50足になってましたね(苦笑)。

ほんと、イメクラ嬢の時の話は、
一般の人からみたら、おもしろいネタがたくさんあるので、
また、別の機会にゆっくりお話したいと思います。
恐ろしいことに、わたくし、梅田まりも、イメクラ嬢3年間で、
約7000本の男性器は、見たことになるんです。
だから、男性器に関しては、語れますよ〜(苦笑)。
でも、こんな女やだな〜。

ま、でも、これは、借金ブログですので。

そんなこんなで、私名義の借金を早く完済するために、
毎月多めに各消費者金融に返済しつつ、
あいかわらず、かかってくる母からの電話に出てしまい、
実家への送金も増額しつつ、
私名義の借金は、残り100万円くらいにまでなりました。
でも、せっかく減っても、実家の状態は悪化していたので、
結局、実家にたくさん仕送りしてしまう結果でした。
弟も内緒でしていたホストの稼ぎを、
すべて、実家の借金の返済に回していたのですが…。

そして、イメクラ嬢になって、2年が過ぎた頃、
私の肉体は限界でした。
いや、精神的にも、やっぱり、まいっていました。
弟も、そんな私を見て心配していて、
このままじゃ、結局、解決しないな、という話をよくしていました。
それでも、私名義の借金が、あと90万円という頃、
お母様がやらかしました…。


ヤミ金に手を出したのです。


しかも、以前にも、ヤミ金から借りてしまったことがあって、
今回で、2度目のできごとでした。

結局、ヤミ金と手を切るために、またまた、私名義の枠で空いていた
300万円分を借りて、ヤミ金問題は、解決しました。

その時、電話の向こうで、
はじめて、お父さんが私の前で泣きました。

この2年間は、なんだったんだろう、と、
さすがの私も、死にたくなりました。
もう、すべてが嫌になりました。
生きていることが、生きていくことが…。

でも、生きていくしかなかった。
借金を残して死ぬわけにはいかない。
逃げるわけにはいかない。


この頃、唯一の癒しは、
イメクラ嬢になってすぐに飼いはじめた猫でした。
あとは、酒(笑)。そして、タバコ。
この3つがあれば、生きていけると悟った、
まりも26歳の春でした。

posted by 梅田 まりも at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | イメクラ時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

姉イメクラ嬢、弟ホスト。

「てぃんくる」ってすごい雑誌ですよね!
高収入のお仕事の求人雑誌なんだけど、
キャバ系からソープまで、
地域ごとにたくさんの求人募集が載ってる。
これが、セブンイレブンで買えてしまう東京って、
やっぱ、すごいわ〜。

その中から、タロウちゃんの情報をもとに、
イメクラを選びました。
学園系イメクラ。
制服は、もちろんセーラー服。
こうして、

イメクラ嬢・まりも(21歳)

実年齢25歳、が、誕生しました!

ま、面接の様子とか、はじめての接客とかは、
また後日、お話します。
これは、風俗嬢のエロブログじゃなくて、
一応、借金ブログですので(苦笑)。

こうして、イメクラで働くことになった、まりもですが、
もちろん、両親には内緒です。
お店が用意してくれたアリバイ会社に転職したことにしました。
弟には、話してありました。弟も、最初は複雑そうだったけど、
とにかく今は、お金を稼ぐしかない、ということで団結。
そして、弟は、土日だけ東京に出てきて、
ホストでバイトすることに…。
こうして、


姉イメクラ嬢、弟ホスト


という姉弟が誕生したのです。



イメクラは、ソープと違って、非本番風俗。
思っていたよりも、客単価はよくなかったので、休まずに働きました。
それでやっと、月80万。すごくいい時で、月100万。
もちろん、レストランで働いている時よりは、稼いでいたけど…。

うちのお店は、基本的に、
早番12時〜18時、遅番18時〜0時の2交代制。
でも、私は、いわゆる「通し」「オーラス(オープンラスト)」、
12時から0時まで、出てました。そういう娘は、めずらしい。
でも、自分でいうのも何ですが、がんばり屋さんの私は、
遅刻もせずに、毎日毎日、手も抜かずに、がんばりました。
お休みは、生理の時だけ。
生理中にタンポンや海綿を入れて出勤する女のコもいますが、
私は、お客様に不快感を与えるのが嫌で、それだけはしなかった。
けど、生理以外は毎日出勤。
チビデブながらに、童顔なのもあって、なかなかの人気嬢になりました。
本指名や予約をしてくれる常連さんも出てきて、
お店からも大事にされましたね。

ま、イメクラの話は、長くなるので、このへんで。



posted by 梅田 まりも at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | イメクラ時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

もう風俗しかない2。

昨日の続き。

こうして、エロの目覚めが早かったのもあってか、
セックルは好きです(笑)。
というか、ちゅ〜とか、イチャイチャするのが好き。

テクニックとかも、かなり真剣に研究しましたよ。
そのせいか、東京に出てから、付き合った人達からも、
ホメられました(照)。
なので、そのへんには、変な自信があったのかもしれません。

風俗といっても、いろいろあります。
ピンサロ、ヘルス、ソープ、SM、イメクラ、性感マッサージ、
おさわりパブ、ランパブ、デリヘル、オナクラ、などなど…。
でも、私は、風俗をやるなら、コレ、という希望がありました。
イメクラです。

もともと、コスプレ(Hの時のね)が好きで、
イメージプレイは燃えるタイプでした(笑)。
設定が大事で、先生と女子高生(ありがち)、患者と看護婦、
部長とOL、お医者さんごっことかね。
プライベートでよくやってました(笑)。
関係ないけど、
マンネリ化してしまっているカップルにはおすすめです!
エスカレートしていた頃は、忍者プレイにハマってました。
伊賀忍者と甲賀忍者で、対立してるんだけど、
恋に落ちてしまう、という設定で(笑)。
忍者のあみあみの全身タイツみたいな衣装が、
エロくて、いいんですよね〜。
当時は、大人のおもちゃ通販みたいなところで、
カタログを取り寄せて、買ってましたね。

ま、そんなベースもあって、
イメクラで働くことに決めたんです!

でも、基本的に小心者なので、
本や雑誌をいっぱい買って調べました。風俗というものについて。
友達に、キャバ嬢やスナックでバイトしている娘はいたけど、
エロ産業の友達はいなかったので、自力で調べましたね。
今は亡き伝説の風俗嬢・菜摘ひかるさんの本が、
すごく参考になって、全部読みあさりました。
やっぱり、精神的にすごくまいってしまうみたいだったけど、
もう、やるしかなかった。

その頃、1番仲良しで、何でも話せる大親友の
男友達(セックルはなし)、タロウちゃんにも相談しました。
タロウちゃんは、風俗大好き野郎だったので。
親友として、もちろん「やめといた方がいいよ」って言ってたけど、
大金を稼ぐにはしょうがないかってことで、
最終的には賛成してくれて、相談に乗ってくれました。
リアルなお店の情報とかを教えてもらいましたね。

こうして、風俗界のルールとかを調べぬいて、
「てぃんくる」を買いに、本屋さんへ向かいました。




posted by 梅田 まりも at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | イメクラ時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

もう風俗しかない。

レストランで働きまくって3年。
この頃、私には、心の奥で思ってることがあった。


「カラダを使って稼ぐしかない…」


そして、決めた。
月収40万近くもらっていたレストランだけど、
もっと稼がなきゃダメだ。
もう風俗しかない、と。

ふつうは、キャバクラとか水商売系から、入るところ。
でも、私は、自分をよくわかっている。
美人じゃないし、スタイルもよくない。
残念ながら、私はチビデブ。
キャバ嬢は、やっぱり、キレイじゃないと稼げない。
それに、営業電話とか大変だし、友達にメールするのも面倒に
なっている私には、無理だと思った。
接客は好きだし、お酒も好きだし強いけど(苦笑)。

実は、小金持ちだった幼少の頃、
不幸な境遇に憧れている部分があった。
本当に平和な家庭で、お金もあって、
ほしいモノは、何でも買ってもらえた。
だからこそ、不幸なモノに憧れを抱いていた。
今思えば、バカな話だけど。
結局、人間はいつだってないものねだり。

幸福な人は不幸に憧れたりするし、
もちろん、不幸な人は幸せを願う。
キャリアウーマンは平凡な家庭の主婦をいいなと思うし、
退屈な主婦はバリバリ仕事をこなす独身女に憧れている。
恋人のいる彼女は彼のことで悩んで涙を流すけど、
ひとり身の女はどうしようもない孤独を抱え、
彼のことで悩む彼女をうらやましいと思う。
人間はいつだってないものねだり。

思春期の頃は、密かに「娼婦」に憧れた。
加賀まりこさん主演の「月曜日のユカ」みたいな。
だから、心の奥で、「娼婦」になってみたい、なんて、
バカげたことを思ったりもしていたのだ。

初体験は、中3の冬。
今じゃ、普通かもしれないけど、
友達の中では、早い方だった。
小学校高学年くらいから、セックルには興味があった。
早くセックルしてみたくて、田舎で一番のヤンキーと付き合っていた。
でも、このヤンキーの彼氏が、すごくやさしい、あったかい人で、
だからこそ、好きになったんだけど、
お嬢様の私を、とても大事にしてくれた。
付き合って1年たったくらいに、やっと結ばれた。初体験。
でも、それからは、やりまくった(笑)。
家は厳しかったので、門限もあったから、
彼と付き合っていることは、ぜったいに親に秘密。
実家同士だったから、もっぱら、ラブホ。いや、モーテル(笑)。
田舎には、まだあるのよね。
その頃は、おじいちゃん&おばあちゃんも生きていたから、
家族にバレないように、夜中にこっそり、家を抜け出す。
夜中、トイレに起きてきたおじいちゃんにバッタリ、
なんてこともあったから、パジャマで外に出て、
あらかじめ外に隠しておいた私服に、ガレージで着替える。
パジャマで外に出ようとした時、おばあちゃんに見つかって、
夢遊病のフリをしたこともありました(ゴメンナサイ!)。

つづく。

posted by 梅田 まりも at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | イメクラ時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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